みすとのごはん日記
元・マンガ家、現・イラストレーター&パートタイマーの みすとかすみが送る、日々の自堕落なお食事日記。 および家の半径1km内で起こるよしなし事を綴っています。
雲仙普賢岳
- 2024/06/03 (Mon) |
- 生活 |
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ニュースで、雲仙普賢岳が噴火して、大火砕流があってから33年、というのをやっていました。
私が雲仙を友達との旅行で訪問したのは、それが起こるちょっと前です。
訪問したと言っても、長崎から(たぶん)長崎本線に乗って、諫早で島原鉄道に乗り換え、長々と海沿いを走り、島原からフェリーで熊本へ渡ったので、車窓や島原港あたりから山を眺めただけです。
当時はですが、人が少なく、のんびりした平和な田舎…という印象でしたので、そのあとそこがあんな悲惨な状況に陥るとは夢にも思いませんでした。
テレビでは火砕流を生中継していて、今では絶対に放送出来ないような火砕流に巻き込まれた怪我人も映されていて、かなりおののいた記憶があります。
今では火山の恩恵に預かる温泉地として復興しているのではないでしょうか。
あの頃とはすっかり風景が変わっているでしょうが、また、訪問してみたいものです。
しかし、各停のローカル線でちんたら旅をする、なんて時間が湯水のようにあったあの頃のような旅行がまた出来るでしょうか。
今は新幹線も通っているようです。
そうしたら、早い方に乗っちゃいそうだなぁ。
ちなみに当時の旅程は、羽田(飛行機)→福岡→長崎(泊)→熊本(泊)→阿蘇→別府(泊)→寝台列車で東京。移動時間の長い旅でした。
私が雲仙を友達との旅行で訪問したのは、それが起こるちょっと前です。
訪問したと言っても、長崎から(たぶん)長崎本線に乗って、諫早で島原鉄道に乗り換え、長々と海沿いを走り、島原からフェリーで熊本へ渡ったので、車窓や島原港あたりから山を眺めただけです。
当時はですが、人が少なく、のんびりした平和な田舎…という印象でしたので、そのあとそこがあんな悲惨な状況に陥るとは夢にも思いませんでした。
テレビでは火砕流を生中継していて、今では絶対に放送出来ないような火砕流に巻き込まれた怪我人も映されていて、かなりおののいた記憶があります。
今では火山の恩恵に預かる温泉地として復興しているのではないでしょうか。
あの頃とはすっかり風景が変わっているでしょうが、また、訪問してみたいものです。
しかし、各停のローカル線でちんたら旅をする、なんて時間が湯水のようにあったあの頃のような旅行がまた出来るでしょうか。
今は新幹線も通っているようです。
そうしたら、早い方に乗っちゃいそうだなぁ。
ちなみに当時の旅程は、羽田(飛行機)→福岡→長崎(泊)→熊本(泊)→阿蘇→別府(泊)→寝台列車で東京。移動時間の長い旅でした。
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